流れを整理しようと思った動機
すでにいろいろな方が著作権法第30条見直しの問題点を指摘されています。それらを読んで10月16日から募集が始まるパブリックコメントを書くことは可能です。ですが、電力線搬送通信のパブリックコメントへの対応のされ方(リンク先はPDF)を思い出すと、気分が重くなります。より効果的なパブリックコメントを書くためには、この委員会において、どういうストーリーに基づいて著作権法第30条見直しの流れが作られたのかを把握する必要があると思います。
まず敵を知り……ってやつですね。
前置き
文化審議会の私的録音録画小委員会で議論されている事柄は、ざっくり分けると「著作権法第30条見直し」と「私的録音録画補償金」の二つです。この二つは絡みあってもつれ合って切っても切れない仲ですが、より重い事柄である「著作権法第30条見直し」に絞って追いかけました。あと「私的録音録画補償金」の話題はそもそも論から拡大の話まで論点が散らばりすぎているので……。
二兎追うものは……ってやつですね。
発言の引用は、文化審議会のページからです。引用において省略した部分は「…」と表記しています。二重括弧《》内は、私が前後の文脈から補ったものです。赤色は、私が大事かなと思ったところです。
議論の詳細を追うには各委員の発言を踏まえたほうがよいのですが(特に著作権管理団体側の発言をね)、読むのも書くのも大変なので、必要と思ったところ以外は議論を整理・誘導している文化庁側の発言に絞って追いました。
では、いってみよう!
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第1回)
まず、現段階でそもそもなぜ私的複製が許容されているか、資料8から読み取れます。
…そもそも私的使用のための複製を認めている趣旨は、上記(a)《=著作物等の利用の性質からして著作権等が及ぶものとすることが妥当ではないもの》に該当し、個人や家庭内のような範囲で行われる零細な複製であって、著作権者等の経済的利益を害しないという理由によるものと考えられる。…
第1回で著作権法第30条に関する突っ込んだ話はされていませんが、
【甲野著作権課長】 …それ《私的録音録画という切り口で見た30条の問題》についてここでは集中してご議論いただければというふうに思います。
と、著作権法第30条の話もレンジ内だぜ!と明言されておられます。
第2回は現状把握のお勉強会だったので飛ばします。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第3回)
第3回は各委員の立場表明でした。
【《社団法人日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター運営委員》椎名委員】 …現在30条1項に規定される私的な複製と、そのレベルを超えた複製が入り混じって行われているような実態がありまして、私的利用形態の多様化に即した私的複製の自由度はある程度確保しつつも、無制限な複製には一定の歯止めができるような線引きを行って、それをルール化していく必要があると思います。…
【《社団法人日本レコード協会専務理事》生野委員】 …現在のデジタルによる大量かつ広範囲なコピー実態、これについては私的録音とはいえ、ベルヌ条約9条2項、あるいはWPPT16条2項で許容されている範囲をはるかに超えているのではないか、そういった認識がまずあります。…やはりこの問題の根本的な原因として、著作権法30条1項が定める私的使用のための複製に係る権利制限の範囲が広すぎるといった問題認識でございます。…抜本的な解決には、やはり著作権法30条1項の改正が必要ではないか、零細かつ権利者の利益を不当に害さない私的複製の範囲を明確に限定すること、これがもっとも重要な課題として検討を行うべきではないかと、そういうふうに考えます。…
権利者団体は、今の私的複製の範囲は広すぎる!と思ってるみたい。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第4回)
前回までの話を踏まえて、事務局が論点整理しました。でも各委員が言ったことを切って貼って並び替えただけので(というかこの段階ではそれしかできないわな)、特に見るものはありません。
でも文化庁側の発言を見ると、想定しているスタートラインが見えます。
【甲野著作権課長】 …果たして複製により権利者が利益を喪失しているということであれば、それについて何らかの対策をやはり講ずるべきであるかどうかということを、改めて考える必要があろうかと思います。…
注目!Aを仮定してBの話をするパターン!うんざりするほど出てきます。ってか、ストーリーの骨格自体がこのパターンなんだよね……。
【中山主査】 …ご議論を伺っていますと、30条の根本論を抜きには、どうもできないようですので、…
進行役の方も30条に踏み込む気のようです。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第5回)
さー、長らくお待たせしました。今回から話が整理されていきます。
【甲野著作権課長】 …具体的にこういう点についてはどうなのだろうかと、30条の範囲にすべきなのかどうか、…そのような形で議論をしていった方が、イメージもつかみやすいし、また議論も建設的になるのではないかというふうに思いましたので、資料の 2でご議論を進めれば、よろしいのではないかというふうに思っているところでございます。…
資料2には、他人から借りた音楽CDをコピーしたとき〜などの想定パターンが示されていて、それぞれのパターンにおいて私的複製してもいいことにするかダメなことにするか考えようぜ!って話です。パターンに落とし込む時点で議論の落としどころも見え見え……。
これを踏まえて各委員からいろいろ発言がありましたが、あらすじを追っかけるために心を鬼にして飛ばします。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第6回)
この回では、前回の資料2で挙げた想定パターンごとに、30条の範囲外として私的複製を認めなくしたときに、考えられる結果を書いた資料が示されました(資料4)。
【川瀬《著作物流通推進室長》】 …参考資料2というのをごらんいただけますでしょうか。この参考資料は前回私どものほうで整理しましてお配りしまして、これに基づきましてご議論をしていただいたわけですが、その議論の中でいろいろと論点が整理されてきたと思っておりますので、さらにもう少しこの議論の流れに沿って論点を整理しつつ改めてご議論をお願いしたいと思いまして、資料4からの資料を作った次第でございます。
まず、この参考資料2の1の30条の権利制限の範囲をどうするかという問題でございますが、これが資料4です。この資料は仮にということですが、私的録音録画を第30条の範囲外にした場合の影響等について、私どものほうで整理をしてみました。…
素直に読むと「まあ、その場合はそうかも」っていうことが書いてあるのですが、そもそもこのパターンの分け方って可能なの?傍から見て明確なの?って切り込み方はできると思います。
(参考)P2Pとかその辺のお話 「YouTubeを視聴しただけで違法」は誤解・・・には思えない現状の曖昧さの後半部分
今回もまた各委員からいろいろ発言がありましたが、あらすじを追っかけるために心を鬼にして飛ばします。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第7回)
【川瀬室長】 …今期の私的録音録画小委員会につきましては、論点整理をしまして、過去2回、議論を積み重ねてきたわけでございますけれども、今期の小委員会も本日と12月という予定をしておりますので、そろそろ今期のまとめをしたいと考えておりまして、…資料1でございますが、まず議論になっておりました著作権法30条の範囲外とすべき利用形態についてでございます。30条で私的録音録画を認められる範囲につきましては以下のような考え方で整理したいと考えるかどうかということでございます。
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」とでも言えばいいのか。
今後小さな修正があったりするものの、著作権法第30条見直し議論のゴールはここで明示されました。個人的には、中間整理案を眺める前に、エッセンスのみでありかつみずみずしさにあふれた資料1を見たほうが彼らの立ち位置がより深く分かるような気がします。
で、私的複製したらダメなことにしたいのは以下の二つです。
- 違法複製物、違法サイト(ファイル交換によるものを含む)からの私的録音録画
- 適法配信からの私的録音録画
前者はいろいろなところで書かれているのでご存知の方も多いと思います。後者はあまり取り上げられていないのですが、大きな問題があるような気がするので別エントリにまとめました。
資料1に違法複製物、違法サイトからの私的録音録画を私的複製の範囲から除外する理由が書かれています。
(理由)
* 利用者に対する権利行使は事実上困難。ただし、ファイル交換の場合、ダウンロードされたものが同時にアップロードされる場合は、実態把握が可能
* 利用秩序の変更を伴うが、違法複製物等からの録音録画が違法であるという秩序は利用者にとっても受け入れやすい。ただし、利用者保護の立場から複製物等が違法に作成されたものであることを知っていた場合に限る等の限定が必要と考えられる。
・ 今回の私的録音実態調査において、80パーセント以上の人が「自分で録音した音楽をHPに掲載したりファイル交換ソフトで交換すること」を「権利者の了解を得る必要があるかもしれない行為」と認識
* 利用者の対する権利行使が困難だが、違法複製物等を減少させるためには、利用者の複製行為を減少させる必要あり
* 著作権保護技術が及ばない分野であり、法的秩序の一律の変更はやむを得ない
ふむう。こういう理由で改正したいと。
著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第8回)
新しい資料が提出されました(資料2)。なぜ30条の改正が必要か、という筋書きのあらすじが読めます。
…デジタル複製が主流となり複製手段も多様化・高性能化したこと(複製の質及び量の変化)、…インターネットを利用した配信サービスやファイル交換が普及して録音録画源が多様化したこと(新しい録音録画源の出現)、ファイル交換などを活用した違法複製物等からの複製などが社会問題になっていること(権利者被害の深刻化) などの点で特徴がある。
○ 以上のような環境の変化を踏まえて、私的録音録画により音楽、映像等を楽しむという社会現象の定着状況には留意しつつも、著作者等の利益を害する状況がより深刻な分野…には、第30条第1項の適用について見直しを行うことが適当であると考えられる。…
- デジタル複製が主流となり複製手段も多様化・高性能化した
- インターネットを利用した配信サービスやファイル交換が普及して録音録画源が多様化した
- ファイル交換などを活用した違法複製物等からの複製などが社会問題になっている
なるほどなるほど。だから30条を改正して私的複製の範囲を制限する必要がある、というストーリーですか。
これらの前提条件を否定できれば効果的だろうなあ。私は今のところ思いつかないけど……。
川瀬室長が、口頭で前段と後段の関連を補足しておられます。
【川瀬著作物流通推進室長】 …1つはデジタル複製の主流となり複製手段も多様化、高性能化したという複製の質及び量の変化でございます。…それから、インターネットを利用した配信サービスとかファイル交換が普及して録音録画源が多様化したということで、新しい録画源が出現してきた。ファイル交換などを活用した違法複製物などの複製などが社会問題になっているということで、一度も権利者に還元されないような複製が出現したと。権利者被害の深刻化という点でございます。
そういうような平成4年改正以後の事情の変化を踏まえて、私的録音録画により音楽、映像等を楽しむという社会現象の定着状況には、これは留意しなければならないわけですけれども、著作者等の利益を害する状況がより深刻な分野…については、30条1項の適用について見直しを行うことが適当であると考えられるというふうに整理をしております。
資料3は、前回提示された資料1の改訂版です。改訂部分には下線が引いてあります。
主な改訂点は以下のとおり。
- 「制度改正は可能」という言葉を「制度改正には課題が少ない」と言葉をやわらかく。
- ストリーム配信の視聴はOKという注釈を付ける
- 違法でも罰則の適用はしないよ、という注釈を付ける
本旨からはずれますが、Aを仮定してBの話をするパターンで話を進ませる理由がこの回で述べられました。
【川瀬著作物流通推進室長】 …論理としては1つずつ決めていくほうがわかりやすいのですけれども、実はやはり制度全体の全体像のアウトラインがきちっとわからないと、すべて決められないというところもありますので、そこは考え方はきちっと整理した上で、まずはその次の段階に進んで、それで必要に応じてその関連の問題についても考えて、一番最後のところでそれをすべて組み立てて1つの論理が通った制度を考えようというのが私どもの提案なんですね。
そこまでして話を進めたいか。
【川瀬著作物流通推進室長】 …事務局としてはほぼ見直しの方向というものを今回で見据えたいと思っています。
ただ、最後の結論、本当にそうするのかどうかというのは、多分この小委員会として最後にまとめるときに、ほかの制度の問題等も踏まえた上ですべて結論が出るのではないかなと思っております。…
この時点で資料として出されたものがそのまま中間報告に生きています。留保付きなのは演出なのか優しさなのか。
次回以降、平成19年の第1回から第13回までの委員会においては、津田委員など一部から反対意見が根強く出たものの、著作権法第30条の見直しの方向性は少しも変わりませんでした。なので本エントリはここまで。最後まで読んでくださった方、お疲れさまでした。
リンク
- 私的複製から除外する類型とその理由 → 著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第8回)資料3
- 私的複製から除外したい背景 → 著作権分科会私的録音録画小委員会(平成18年第8回)資料2
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著作権分科会
2007年10月12日 | 第23回 | 議事録・配付資料 |